ちょっとコラム「常識不要」

結月平日コラム_edited-1
ちょっとコラム「常識不要」
 
常識って、あったほうがいいのか、ないほうがいいのか?
 
それもケースバイケースで、両方が正解という気がします。
 
常識といっても、自分で常識だと思っていても、他のひとには常識でなかったりするし、海外に行くと日本人の常識なんて通じないし、自分の常識が非常識になることは珍しくありません。
 
だから、同じ日本にいたって、常識なんて自分が勝手に信じているものでしかないんです。
 
ただ、「まあ、普通はこうだ」という一般的なものはあるから、常識はあったほうが社会では過ごしやすい。
 
ところが、新しいことやオリジナルなことをやるときには、当然、常識なんてないほうがいいし、常識に照らし合わせたら新しいものなんて生まれないし、常識の範囲の真似事しかできません。
 
常識で物事をすると、体裁の整ったものができるかもしれないけれど、それは手紙の挨拶文やビジネス書の事例集みたいなものになって、面白味も何もないんですよね。
 
おもしろいことって、ゼロから生み出すものなので、言ってしまえば常識を無視したハレンチさがエネルギーであり、素材であるのです。
 
普通に過ごすときは常識の範囲でこなして、それ以外のときは常識なんて不要なのだと思います。
 
ただ、ひとに迷惑をかける非常識は愛されないので、愛される非常識がいいんですよ。
 
ちなみに常識は無難だけれど、無難なものは愛されるってことはまずないですね。
 
 

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